

JUAN ATKINS -JAPAN TOUR- at club asia
テクノを創造したゴッドファーザー、Juan Atkinsが13年ぶりに日本のフロアに帰還
text:
NordOst / Hiroto Matsushima


JUAN ATKINS -JAPAN TOUR- at club asia
テクノを創造したゴッドファーザー、Juan Atkinsが13年ぶりに日本のフロアに帰還
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NordOst / Hiroto Matsushima


JUAN ATKINS -JAPAN TOUR- at club asia
テクノを創造したゴッドファーザー、Juan Atkinsが13年ぶりに日本のフロアに帰還
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NordOst / Hiroto Matsushima
2026年9月4日。今年30周年を迎えた渋谷・円山町の老舗ベニュー・club asiaのメインフロアに、30年どころかデビュー45周年を迎えるデトロイト・テクノの伝説・Juan Atkins(ホアン・アトキンス)が降臨する。
前回の来日は2013年、KEN ISHII氏の活動20周年を記念し渋谷WOMBにて開催された「Reel UP / 20 Years OF KEN ISHII」、CIRCUS OSAKAにて開催されたフェス「舞音楽祭」での東西ツアーだったという。
ただ、言うまでもなく、2013年もとうに一昔前のこと。
日本のみならず世界中のクラブカルチャーが様変わりした今こそ、オリジネーターの帰還を全身で受け止められる本回は変容したクラブ・カルチャーの原点に立ち返れる一夜となるはずだ。
「デトロイト・テクノ最初の人」としてのホアンの功績

もはや説明不要かもしれないが、ホアン・アトキンスは1980年代初頭からCybotronやModel 500、Infinitiなどの名義でクラブ・ミュージック史に残る数多くの傑作をリリースしてきたプロデューサー/DJである。
アメリカ・デトロイトのブラック・コミュニティから生まれた音楽群、デトロイト・テクノのオリジネーターであることはもちろん、電子音楽の歴史においてもクラフトワークやYMOと並ぶ発明者/先駆者であるということを、まず改めて強調しておきたい。
1981年、ホアンはリチャード・デイヴィスとの伝説的ユニット〈Cybotron〉名義でシングル「Alleys of Your Mind」を発表し、1983年にはアルバム『Enter』(1990年に『Clear』と改題し再発)をリリース。
本作に収録された「Clear」や「Alleys of Your Mind」といったトラックは2026年の今もなおクラシックであり続けている。
1985年にはレーベル〈Metroplex〉を設立しModel 500名義で現在に至るまで続くテクノ・ミュージックの源流となった音楽作品を多数発表。
のちに台頭し同じくレジェンドとなるカール・クレイグや、ジェフ・ミルズとマッド・マイクらによるUnderground Resistanceのような次世代が羽ばたくための滑走路を築いた。
また、ホアンはデトロイトというフッドに重きを置いた活動を続けつつも、Model 500名義でのアルバム『Deep Space』『Mind and Body』をベルギーの〈R&S〉から発表、1998年発表のInfiniti名義でのアルバム『Skynet』や2005年のJuan Atkins名義でのアルバム『The Berlin Sessions』はベルリンの〈Tresor〉からリリースするなど、デトロイトで生まれたマシン・ビートの魅力を世界にむけて発信する役割も請け負った。
そんなリビング・レジェンドは今もなお精力的に活動中で、オランダの電子音楽フェス「Dekmantel Festival 2026」初日のライブ・プログラムに「Juan Atkins presents INFINITI」として登場し90年代に厚い支持を誇った別名義を復活させるなど、日々その歴史を更新し続けている。
「デトロイト・テクノ最初の人」が渋谷の「ローカル街クラブ」に登場する意義、
そして、13年ぶりの来日公演を果たすホアン・アトキンスが舞台に選んだベニューが、町中華ならぬ「町クラブ」的な魅力で長く支持を集めてきた、ここclub asiaである。
1996年に円山町でオープンしたclub asiaは今年で30周年を迎えるベニュー。
カジュアルなパーティーからドープな集会までを広く受け入れ続けてきた。
伝統を重視しつつ常に未来に向かう挑戦を続けるこの老舗の「町クラブ」に、デトロイトという街から生まれたテクノの創始者が登場すること自体が事件的!……と考えるのはいささか偏った目線にはなるかもしれないけれど、雑食的な音楽文化の開祖がさまざまな表情を持つ折衷的なベニューのフロアに立つ、ということについては特別な感慨を抱かざるを得ない。
club asiaは30周年に合わせてメインフロアのサウンドシステムを大幅に刷新してリスタートしたばかり。
雑食的な歴史の重なりはそのままに、最新鋭のハイファイなトラックからクラシックなサウンドまでをクリアに、それでいてタフに鳴らす「新生asia」の魅力を改めて感じられる日となることだろう。
そして、メインフロアでホアンと共演するDJが13年前の来日をサポートした「東洋のテクノ・ゴッド」KEN ISHIIであるということも、また運命的に思える。
前述の通り、その来日を実現させたのは、ほかならぬKEN ISHII氏自身の20周年を記念したアニバーサリーパーティーだった。
club asiaの歴史さえも上回るキャリアを誇る両者が円山町を再会の地に選んでくれたという事実は、日本のテクノシーンの地道な歩みの連なりを肯定しているようにも感じられる。

そんな両者をつなぐ存在として、club asiaを代表しメインフロアに登場する3人目のDJは、十数年のキャリアの中で粛々と一夜のパーティーに華を添え続けてきたFELINE。
ベース・ミュージックを軸としながらもジャンルやシーン、コミュニティの垣根を悠々と越え、ついには〈Rainbow Disco Club〉の舞台にまでたどり着いた職人的セレクターである。
「町クラブ」的な環境で育った氏のプレイスタイルは常に場を選ばず、ささやかな催しから大舞台まであらゆるシチュエーションに応答し続けてきた。
その眼差しに宿っているのは、アートフォームとしてのDJingというより、どこまでもダンスフロアやクラブ・カルチャーに向けられた慈愛であるように思える。
伝説と伝説を接続するには、そうした名手の支えがいつだって必要になる。

さらには1FのLOUNGE FLOORには、SEKITOVAを筆頭にm-int、Nektar、Teraxというclub asiaと縁深い実力派の東京ローカルDJが集結。
これはあくまでパーティーであり、ワンマンライブでもショーケースでもない、という隠れたメッセージが感じられるような人選の妙にも注目したい。
ところで……この原稿を締めくくろうとしている今、YouTubeのサジェストがIndeepの名曲「Last Night a DJ Saved My Life」をプレイしはじめた。
楽曲はもちろんのこと、タイトルの素晴らしさに改めて胸を打たれる。
「the」ではなく「a」、つまりはキャラクター性やネームバリューの先にある、DJという職業がふと与えてくれた救いの瞬間を切り取ったかのような表現。
デトロイト・テクノの伝説も、東洋のテクノ・ゴッドも、いざパーティーがはじまってしまえば「いちDJ」である。
本稿ではホアン・アトキンスという伝説の功績について紹介してきたけれど、そんなことよりも大切なのはフロアに、音に、ただ向かっていくこと。
そうすれば過去・現在・未来といった枠組みさえ一時的に超えていけるし、1981年のデトロイトと2026年の渋谷が遠いようで地続きであるということを実感できるはずだ。

最後に、Juan Atkins本人から今回の来日、そしてclub asiaでの初公演についてコメントをいただきました。
ホアンさん、おかえりなさい!13年ぶりとなる日本ツアーですね!
我々日本のファンはあなたの来日公演を待ちわびてました!
久しぶりの日本について、そして東京公演について、お気持ちを聞かせてください。
ー もちろん、東京と日本が恋しいです。これまで日本では、人生でも特に素晴らしく、思い出深い経験をたくさんしてきました。今回、club asiaで初めてプレイできることをとても楽しみにしています。
Juan Atkins
2026年9月4日。今年30周年を迎えた渋谷・円山町の老舗ベニュー・club asiaのメインフロアに、30年どころかデビュー45周年を迎えるデトロイト・テクノの伝説・Juan Atkins(ホアン・アトキンス)が降臨する。
前回の来日は2013年、KEN ISHII氏の活動20周年を記念し渋谷WOMBにて開催された「Reel UP / 20 Years OF KEN ISHII」、CIRCUS OSAKAにて開催されたフェス「舞音楽祭」での東西ツアーだったという。
ただ、言うまでもなく、2013年もとうに一昔前のこと。
日本のみならず世界中のクラブカルチャーが様変わりした今こそ、オリジネーターの帰還を全身で受け止められる本回は変容したクラブ・カルチャーの原点に立ち返れる一夜となるはずだ。
「デトロイト・テクノ最初の人」としてのホアンの功績

もはや説明不要かもしれないが、ホアン・アトキンスは1980年代初頭からCybotronやModel 500、Infinitiなどの名義でクラブ・ミュージック史に残る数多くの傑作をリリースしてきたプロデューサー/DJである。
アメリカ・デトロイトのブラック・コミュニティから生まれた音楽群、デトロイト・テクノのオリジネーターであることはもちろん、電子音楽の歴史においてもクラフトワークやYMOと並ぶ発明者/先駆者であるということを、まず改めて強調しておきたい。
1981年、ホアンはリチャード・デイヴィスとの伝説的ユニット〈Cybotron〉名義でシングル「Alleys of Your Mind」を発表し、1983年にはアルバム『Enter』(1990年に『Clear』と改題し再発)をリリース。
本作に収録された「Clear」や「Alleys of Your Mind」といったトラックは2026年の今もなおクラシックであり続けている。
1985年にはレーベル〈Metroplex〉を設立しModel 500名義で現在に至るまで続くテクノ・ミュージックの源流となった音楽作品を多数発表。
のちに台頭し同じくレジェンドとなるカール・クレイグや、ジェフ・ミルズとマッド・マイクらによるUnderground Resistanceのような次世代が羽ばたくための滑走路を築いた。
また、ホアンはデトロイトというフッドに重きを置いた活動を続けつつも、Model 500名義でのアルバム『Deep Space』『Mind and Body』をベルギーの〈R&S〉から発表、1998年発表のInfiniti名義でのアルバム『Skynet』や2005年のJuan Atkins名義でのアルバム『The Berlin Sessions』はベルリンの〈Tresor〉からリリースするなど、デトロイトで生まれたマシン・ビートの魅力を世界にむけて発信する役割も請け負った。
そんなリビング・レジェンドは今もなお精力的に活動中で、オランダの電子音楽フェス「Dekmantel Festival 2026」初日のライブ・プログラムに「Juan Atkins presents INFINITI」として登場し90年代に厚い支持を誇った別名義を復活させるなど、日々その歴史を更新し続けている。
「デトロイト・テクノ最初の人」が渋谷の「ローカル街クラブ」に登場する意義、
そして、13年ぶりの来日公演を果たすホアン・アトキンスが舞台に選んだベニューが、町中華ならぬ「町クラブ」的な魅力で長く支持を集めてきた、ここclub asiaである。
1996年に円山町でオープンしたclub asiaは今年で30周年を迎えるベニュー。
カジュアルなパーティーからドープな集会までを広く受け入れ続けてきた。
伝統を重視しつつ常に未来に向かう挑戦を続けるこの老舗の「町クラブ」に、デトロイトという街から生まれたテクノの創始者が登場すること自体が事件的!……と考えるのはいささか偏った目線にはなるかもしれないけれど、雑食的な音楽文化の開祖がさまざまな表情を持つ折衷的なベニューのフロアに立つ、ということについては特別な感慨を抱かざるを得ない。
club asiaは30周年に合わせてメインフロアのサウンドシステムを大幅に刷新してリスタートしたばかり。
雑食的な歴史の重なりはそのままに、最新鋭のハイファイなトラックからクラシックなサウンドまでをクリアに、それでいてタフに鳴らす「新生asia」の魅力を改めて感じられる日となることだろう。
そして、メインフロアでホアンと共演するDJが13年前の来日をサポートした「東洋のテクノ・ゴッド」KEN ISHIIであるということも、また運命的に思える。
前述の通り、その来日を実現させたのは、ほかならぬKEN ISHII氏自身の20周年を記念したアニバーサリーパーティーだった。
club asiaの歴史さえも上回るキャリアを誇る両者が円山町を再会の地に選んでくれたという事実は、日本のテクノシーンの地道な歩みの連なりを肯定しているようにも感じられる。

そんな両者をつなぐ存在として、club asiaを代表しメインフロアに登場する3人目のDJは、十数年のキャリアの中で粛々と一夜のパーティーに華を添え続けてきたFELINE。
ベース・ミュージックを軸としながらもジャンルやシーン、コミュニティの垣根を悠々と越え、ついには〈Rainbow Disco Club〉の舞台にまでたどり着いた職人的セレクターである。
「町クラブ」的な環境で育った氏のプレイスタイルは常に場を選ばず、ささやかな催しから大舞台まであらゆるシチュエーションに応答し続けてきた。
その眼差しに宿っているのは、アートフォームとしてのDJingというより、どこまでもダンスフロアやクラブ・カルチャーに向けられた慈愛であるように思える。
伝説と伝説を接続するには、そうした名手の支えがいつだって必要になる。

さらには1FのLOUNGE FLOORには、SEKITOVAを筆頭にm-int、Nektar、Teraxというclub asiaと縁深い実力派の東京ローカルDJが集結。
これはあくまでパーティーであり、ワンマンライブでもショーケースでもない、という隠れたメッセージが感じられるような人選の妙にも注目したい。
ところで……この原稿を締めくくろうとしている今、YouTubeのサジェストがIndeepの名曲「Last Night a DJ Saved My Life」をプレイしはじめた。
楽曲はもちろんのこと、タイトルの素晴らしさに改めて胸を打たれる。
「the」ではなく「a」、つまりはキャラクター性やネームバリューの先にある、DJという職業がふと与えてくれた救いの瞬間を切り取ったかのような表現。
デトロイト・テクノの伝説も、東洋のテクノ・ゴッドも、いざパーティーがはじまってしまえば「いちDJ」である。
本稿ではホアン・アトキンスという伝説の功績について紹介してきたけれど、そんなことよりも大切なのはフロアに、音に、ただ向かっていくこと。
そうすれば過去・現在・未来といった枠組みさえ一時的に超えていけるし、1981年のデトロイトと2026年の渋谷が遠いようで地続きであるということを実感できるはずだ。

最後に、Juan Atkins本人から今回の来日、そしてclub asiaでの初公演についてコメントをいただきました。
ホアンさん、おかえりなさい!13年ぶりとなる日本ツアーですね!
我々日本のファンはあなたの来日公演を待ちわびてました!
久しぶりの日本について、そして東京公演について、お気持ちを聞かせてください。
ー もちろん、東京と日本が恋しいです。これまで日本では、人生でも特に素晴らしく、思い出深い経験をたくさんしてきました。今回、club asiaで初めてプレイできることをとても楽しみにしています。
Juan Atkins
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